<女は筋肉 男は脂肪/第3章:遺伝や環境は男女の体にどのような影響を与えるか(3)>

体に大きな影響のある2つの環境的要因

前回も少しふれましたが、遺伝的要因とあわせて体の形質に大きな影響をもつ環境的要因、その代表的なものが、栄養状態と運動習慣の2つです。

①栄養状態

世界各国の8歳男子の身長とたんぱく質摂取水準との関係を調査した結果があります。それを見ると、1日の摂取量が80gまでは直線的な関係が認められ、成長にとって栄養の摂取がとても重要であることがうかがわれます。

子の成長する時期別に分けてみると、乳児期(哺乳期、離乳期)は親によって与えられたものだけを摂取するので、間食、偏食、過食に注意を払う親の栄養指導がとても重要になってきます。

学童期になると、学校給食による栄養摂取の機会が多くなります。食生活の乱れが指摘されるなかで、成長に大きく関わる栄養摂取や食事のしかたについての正しい知識に基づいて、自ら食をコントロールする「食の自己管理能力」や「望ましい食習慣」を身につけることが重要視されるようになってきました。

学校での食に関する指導、いわゆる食育を推進するために、文部科学省は栄養教諭制度を導入し、平成17(2005)年度から実施されています。

しかし、食育は子どもたちのためだけとは限らず、これからは、シニア層にとっても大切なものとなっていくでしょう。

②運動習慣

発育期、青年期、中高年期といった成長期間を問わず、あらゆる年齢層において、運動は体の形態や機能に大きな影響を及ぼします。

運動やスポーツによって、日常の身体活動レベルを高めることは、食生活の改善とあわせて、健康の保持・増進や生活習慣病の予防、メタボリックシンドロームの予防にも欠かせません。

若年層は、将来の健康を見据えて早くから運動する習慣を身につけることが求められますが、これまであまり運動習慣のなかったシニア層でも、運動によって筋肉の衰えをおさえる効果が期待できます。

実際に、運動習慣があり、身体活動量が多く、最大酸素摂取量が高い、持久性体力(心肺体力)のあるシニア層は、睡眠や覚醒のタイミングを決定する体内時計(時計遺伝子)がきちんと働いて、日々の暮らしでメリハリのあるリズムが刻まれていることが、私たちの研究でも明らかになっています。

環境的要因である栄養状態や運動習慣は常に遺伝子に働きかけていて、必要なたんぱく質酵素や生理活性物質などの合成にも深く関わっているのです。

エピジェネティクスとは

遺伝とは、DNAを構成する4つの塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の並び方、すなわち塩基配列を基本とする遺伝情報が親から子へ伝わることであるとすでにふれました。この4つの塩基の組み合わせによって1つのアミノ酸が決定され、そのアミノ酸の鎖がたんぱく質となります。

ここで、「エピジェネティクス」という耳慣れない言葉を紹介します。遺伝学の「ジェネティクス」と、個体発生説の1つ、後成説をあらわす「エピジェネシス」との合成語です。

これは、遺伝的な特徴をもちながらも、DNAの塩基配列を変えることなく、あとから加わった「修飾」と呼ばれる化学的な変化によって、遺伝子の機能を制御したり伝達したりするシステムのことです。

同じDNAを持っている一卵性双生児も、外見や性格などで異なっている点が多々ある

だれでもかまいませんから、一卵性の双子を思い浮かべてみてください。一卵性の双子は、同じDNAをもっています。発生学的には起源は同じとみなされるので顔立ちもとても似ているのですが、まったく同じというわけではなく、よく見ると微妙に違っていることに気づくでしょう。こうした外見だけでなく、性格や病歴などでも異なっている点は双子には多くあります。

細胞には、遺伝子の性質だけに規定されることなく、遺伝子を取り巻くまわりの状況を修飾する能力が備わっていて、そのために双子の性質も違ったものになるのではないかと考えられています。遺伝子は同じでも、双子の細胞の集まりはそれぞれに違うのです。

その意味で、エピジェネティクスは「後天的に決定される遺伝的な仕組み」という言い方ができます。さまざまな生命現象は、遺伝子だけで決定されるわけではありません。

メタボリックメモリーとは

エピジェネティクスは、さまざまな疾病に関係することも分かってきています。

たとえば、糖尿病は遺伝的要因と環境的要因が複雑に影響しあって発症します。特に、環境的要因は、実際にはある環境因子がなくなったあとも細胞内に記憶されて、長期的に影響を及ぼし続けます。この現象を、「メタボリックメモリー」といいます。

メタボリックメモリーの研究としては、母体の栄養状態の影響によるものが知られています。低出生体重児で生まれてから1年後の体重が8・2㎏以下だった子どもは、12・3㎏以上だった子どもに比べて、成人を迎えてからの虚血性心疾患による死亡率が約3倍に上昇するというイギリスでの報告があります。

また、深刻な飢饉に陥ったオランダで、この時期に妊娠していた母親から生まれた子どもは、成人になってからの生活習慣病の罹患率が高かったという事例も報告されています。

子どもが生まれる前の胎生期や生まれてからの新生児期の環境は、メタボリックメモリーとして記憶され、子どもの将来の健康や疾患の発症に強い影響を及ぼすという考え方は、「DOHaD(Developmenta1 Origins of Health and Disease)仮説」といわれます。

このようなメタボリックメモリーがつくられるメカニズムにも、エピジェネティクスが深く関与しているといわれています。

(つづく)

※「女は筋肉 男は脂肪」(樋口満、集英社新書)より抜粋